32分休符

感想を述べていこうと思います

回り菓子

回り菓子なるものが、百貨店(ほとんどの場合地方の)の地下一階の菓子売り場の片隅にひっそりと存在していることは、きっと多くの方々がご存知だと思う。思うというのは、わたしは回り菓子を、おやつに、お土産に、ちょっとしたご褒美に、食べつけて育ってきたのに、この存在について、人と話したことが全くと言っていいほどないからだ。

子供の頃に食べた懐かしいお菓子について話すことはもちろんある。そんな罪のないことを話すのは、大抵職場の飲み会だ。それはポッキーのことであり、ジャイアントカプリコいちご味のことであり、ねるねるねるね、のことだったりする。例えば後輩のアヤちゃんが、小学校のときにフランが売り出されて、こんなおいしいポッキー初めて食べたと思いました、と言えば、課長はまぶしげな顔をして、僕は大学生のときにメンズポッキーを彼女にもらってねぇ、なんて甘っちょろい話を始めて、一同がそれなりに色めき立つ。

まあ、フランはポッキーではないのだけど、そんな厳密なこと、誰も職場の飲み会で言うはずがない。

 

そんなときも、わたしは回り菓子の話はしない。それは余りにひっそりとした存在なので、職場の飲み会で話すトピックとしてはやや個人的過ぎるような気がするし、わたしは職場でたくさん話すほうでもないので、もしみんなが回り菓子について知らなかった場合、ディティールについて一から説明するのが億劫だ。第一、職場の飲み会において、下っ端の女子社員が1分以上座を独占して話を続けたら、これはかなりの事態である。そういう会社にわたしはいるのだ。

いや、私の会社の飲み会での立ち回り方などどうでもいい。

 

回り菓子は、ロケーション的には、先ほども説明したように、百貨店の菓子売り場の隅っこにいる。グラマシーニューヨークとかアンテノールとか、もっとぐっと庶民的にモロゾフとか、そういうメーカーみたいにテナントのコーナーになっているわけではない。ショーケースもない。和菓子なのか洋菓子なのかもわからないような場所、もしくは和菓子色も薄れてお茶売り場と佃煮売り場にグラデーションのようにつながっていく通路の隅とか、下手するとカレーやうどんなど、7階の食堂街よりもっとくだけた感じの食券方式によるイートインコーナーの裏手などに存在している。

 

形状は、白い巨大な、直径1メートルほどのドーナツが宙に浮かんでいると想像していただきたい。そして、ぜひ、ドーナツの穴にはぐるぐる回る一本のポールをぶっ刺していただきたい。それらがぜんぶ安っぽいプラスチックでできていて、その巨大なプラスチックドーナツには仕切りがたくさん設けてあり、中にはもちろんいろんなお菓子が入っている。たいがいは小袋に入っている薄焼きビスケット(動物の焼印つき)やあられ、一切れずつ包装してあるパウンドケーキやフィナンシェ、華やかなのは色とりどりのアルミにくるまれた飴やチョコなんかだ。一つ付け加えておくと、アルミは色とりどりでも、その味はどれも同じなので要注意だ!

 

客はそのあたりにきっと置いてあるボールもしくはバスケット(この辺は百貨店によって異なる)に欲しいお菓子を入れていき、レジで重さを測ってもらってお会計となる。従量制なのだ。

 

回り菓子というくらいだから、客はじっとしていて、回転寿司さながらドーナツ型什器がいろんなお菓子を見せてくれるのを悠然と待っていればいいのだけど、大抵の客はドーナツの遅い歩みにたまりかねて、熱心に思案と選択を重ねつつ、自らぐるぐると歩いてしまう。ドーナツの進行方向と反対に歩く人が多い。これはみんな早く次のお菓子が見たいからに違いない。思い余って後ろ歩きになっている。どうでもいい、というふうにポンポンお菓子をカゴに入れていく人はほとんど見たことがないので、パリス・ヒルトン的な思想の持ち主はこのコーナーには近寄らず、したがって真面目で勤勉そうな女性の一人客が概ねである。

什器も回り、真面目そうな客も(しかも後ろ向きに)回り、レジの人はなぜだかどこの百貨店も落ち着いた中年女性ばかりなのだけど(花形の宝飾サロンなどから飛ばされてきたのだろうか、と少し心配になる)、初めて来たデパートで、心の準備なくその光景に出くわすと、余りの無防備な様子にひやっとする。

 

不思議なことだけど、回り菓子は別に安くないのだ。それに、ビスケットにしたってアラレにしたって、普通にスーパーで売っているグリコや亀田製菓のものとさほど品質に違いは感じられないし、スーパーで売っているものは大袋で多少の値引きも加わっているため、回り菓子で同じグラム数を買ったらとても損することになると思う。

重さを稼ぐパウンドケーキなんかをとってしまうと、なんだかんだで600円分くらいすぐに買ってしまうので、それなら所詮は駄菓子に過ぎない回り菓子を買うよりも、よっぽどモロゾフでプリンを二つでも買ったほうがおうちで待っている人も喜びそうな気もする。

でも、回り菓子のファンはそんなことは気にしないのだ。そんなブランドや目先の利益に屈さずにみずからぐるぐる歩いてアラレやビスケットを選びたいのだ。そう考えると、あのドーナツの回りを何周も何周も後ろ歩きする生真面目そうな女性たちに、やんごとなき雰囲気すら感じる。

 

さて、回り菓子のお菓子を一手に作っているのは、株式会社スイートプラザ、という企業だ。

わたしは一度だけインターネットで検索してみたことがある。なんでそんなことをする気になったのかというと、10年前、毎日毎日就職活動で落とされまくっていたあの頃、子どものときから使っていた石鹸の会社も、子どものときから通っていたピアノ教室も、毎日乗っているバス会社も、郵便局も銀行も家具屋も片っ端から落とされて、リクルートのサイト経由ではなく、自分で会社を調べてみよう、と思ったときに最初に浮かんだのがスイートプラザだったのだ。就職活動に疲れ果てていて、あの桃源郷のように世間離れした空間の一角を担っている会社だったらなんだか楽しそう、と思ったのかもしれない。そんなわけはないのだが。

深夜、22歳のわたしは部屋でひとり、期待してクリックしてみた。そんな会社、全くヒットしなかった。